文化・芸術

2012年11月18日 (日)

Now's Jazz Orchestra

友人の一人で鹿児島在住の,T氏が,先日,1枚のCDを送ってくれました.

彼のSaxの師匠がアレンジとアルトサックスを担当している,Now's Jazz Orchestraのコンサートのライブです.

これが,不思議なオーケストラで,いつも,ジャズばかり聴いている私の耳には,まず,ジャズのビッグバンドに聞こえるのですが,ふと気付くと,なにやら,クラシックのオーケストラのの響きも聞こえてきます.

確かに,サックス,トロンボーン,トランペットといういつものホーンセクションに加えて,ホルンとチューバが入っています.

演奏曲は,Take the A trainやWhat a wonderful world等のいわば伝統的なJazzTuneから,First song / Charlie Haden,Travels / Pat Metheny という比較的新しいJazz tune,また,We shall over comeという往年のポップス,Kurdish danceは山下洋輔さんの変拍子の曲です.また,アルバムタイトル曲のSingin' in the star は尾崎佳奈子先生のオリジナルです. Charlie Hadenの曲が2曲入っていますが,リーダーのベーシストが好きなのでしょうか.

演奏スタイルは,いわゆるフリーかバラッド.

普通の曲を普通にはやっていないのです.

この編成のオーケストラでこの演奏をするには,まずアレンジが容易ではないですね.この様な演奏の分野には甚だ不勉強ですが,大きな編成でフリーをやるというのは,なかなかのチャレンジですね.
    まずは,アレンジ能力,それから,各プレーヤーの演奏能力と感性,オーケストラ全体の統一感の形成が問われるでしょうねえ.
   
    2曲目の尾崎佳奈子先生のオリジナルと最後のFirst songは,バラッドで,彼女の歌心が生かされた心にしみる素敵な演奏です.

個人的には,こーゆー演奏が好きですけどね,,,佳奈子先生の演奏タイル,音色ともに,私とはだいぶ違っていて,オーソドックスです.

私の身近なところにも,ジャズのビッグバンドは多数あり,それぞれに個性的ですが,Now's Jazz Orchestraのような変則的,独創的,ユニークなバンドはありません.

Nowsjazz01


Nowsjazz02

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2012年5月 8日 (火)

オアシスの9日間

 オアシスの9日間が終わりました.先日の読売新聞のコラムに,新年度が始まって1カ月後に用意されたオアシスのような,,,暦は良くできているものだ,とありました.ここ数年間,私のゴールデンウイークの習慣となっている那珂川町の「花の風まつり」に,今年も行ってきました.Morinioideyo02_3

 このお祭りは,旧馬頭町を中心に広いエリア内で,ゆるーい感じで催されています.町内の各戸でできることをやってお客さんをもてなすというのが基本的なやり方のようです.どこをどう回るのか,だいたい,コースも決まってくるのですが,そのなかで,ここ2年間は「もうひとつの美術館」”MOB museum of Alternative Art, Nakagawa” を訪れています.この美術館は,知的障害者による美術作品を展示しています.今年の企画展は,「森においでよⅡ」で,全国公募展入選作品による構成です.当美術館を訪れるのは2度目ですが,展示内容にはいずれも大いに満足しています.

 たとえば,盲目であれば音に対して敏感になる様に,一般に,人間が持つ多様な能力の中で,何かが失われると,それを補うように,あるいは,潜在的能力を他方面に振り向けるように,残された能力の活動度が高まり依存度とが増すでしょう.

 絵画等の美術作品は芸術の一分野であり,作者の人間性,内面性の表現手段の一つです.あるいは,それら要素が非常に重要な分野です.
 芸術は,表現しようとする内容とそれを包含する,あるいはその性格を帯びた具体的な形から構成されると理解します.そのためには,通常,長期間に渡る訓練が必要になります.その結果,表現すべき内容を他の人が感じられる具体的な形として具体的に表現できるようになります.同時に,その過程で潜在する芸術性が具体的になってくることも多くあると思います.
 その一方で,この長期間にわたる技術的な訓練の過程では,その目標に早く到達しようという目的のため,自分の能力を最大限に発揮しようとして,理性的,合理的な試みがなされます.その結果,いつしか意識や目的が技巧的な要素へと偏り,本来,芸術が備えるべき感情表現や人間性の表現が相対的に失われる可能性があるように思います.
 美術作品の制作に際しても,当然,これら技術,技巧面の裏付けが必要ですが,おそらく美術では,特に現代美術では,その技術水準への許容範囲が非常に広く,表現すべき内容が一層重要になっているのではないでしょうか.そのため,この分野では技巧的に不十分でも他人に伝えることができる自己表現の可能性が大きいのだと思います.
 

 たとえば,インターネットの某サイトに,知的障害者の特徴として次の記載があります.
--------------------------------------------------------
1.認知の低さからくる適応力が弱い
2.判断力が弱い
3.依頼心が強い
4.学習に時間がかかる
5.こだわりが強い
6.コミュニケーションが難しい
7.感性が強い,感覚が異常な場合がある
--------------------------------------------------------
 上述の,知的障害者の特徴の5こだわりが強く7感性が強く,感覚が異常な場合がある特徴は,芸術性の発揮に対して非常に有効な性質であり,4学習に時間がかかるため,技巧的に未熟な場合が多く,その裏腹として表現しようとする内容が一層明確になる可能性もあるでしょう.

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「お花 2008 西川泰弘」

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2012年1月20日 (金)

カメラマン現る

昨年(2011)暮れの流庵(ルーアン)ライブの際,カメラマンが二人,現れました.

IsiさんとYngさんです.

いずれも,各メーカーの,いわゆる,"フラッグシップモデル"らしき,大きなカメラを抱えて,現れました.

さらに,お二人とも,親切なことに,プリントをいただきました.

複数枚いただきましたが,1枚ずつ紹介させていただきます.

Ishi121227sep_2

4人で写っている方が,Isiさんのもので,一見すると,ただ,ステージ全体を写しているありきたりの写真に見えますが,広角で近づき,フロントラインの私だけを少し大きく,また,近づくことでフォーカス深度を浅くして,後ろのリズムセクションをややぼかして,フロントラインとリズムセクションの対比を明確にしています.それぞれが演奏に集中する意識も,やはりリズムセクションとフロントラインそれぞれのあり方が良く映し出されていると思います..

Yoshinaga0004私のアップがYngさんのものです.人物写真は,瞳を写すことが目的だと思いますが,写真では,目を閉じた表情の中に,私の心の瞳が映し出されていると思います.

ありがとうございました.

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2011年6月18日 (土)

私は,美術館の空気が好きで,

私は,美術館の空気が好きで,また絵画を見るのも好きで,機会があれば美術館に足を運ぶ.

先日,美術館で絵画を鑑賞してきた.画家の妻がひっそりと描きためたかなりの数の作品が発掘され,企画展が開催された.

それらの作品は,彼女の生前には一点も公開されることは無かったようである.

作品はすべて抽象画に分類されるが,作品を見つめていると,なぜか,作品の中に,空間の存在が感じられるのだ.具象として認識されるものはほとんど無いのだが,紙やキャンバスの表面に面に絵の具が配置され構成されたというのではなく,何か三次元の空間が描かれている感じを強く受ける.

作品数は膨大で,抽象画の形式をとるこれらの作品を延々と描き動かした衝動,エネルギーはものすごいものだったと,感じられる.

企画展の中で,今回の企画の主役である妻の作品の他,画家である夫の作品も少数が展示されていた.残念ながらそれら作品に,大きな感動は覚えなかった.確かに,夫は,教育プログラムの中で,各種描画技法を身につけ,画面を構成しよう,あるいはこのように表現しようという意図は理解できるものの,こちらの心を揺り動かすものではなかった.

これに対して,妻は,体系的教育を何ら受けることなく,その表現方法は狭いものであったのかもしれないが,何を描くべきかという点においては遙かに夫をしのぐものを持っていたのである.

Sekiyafuki2011絵画や音楽などの芸術の分野では,人を感動させることのできるのは本当に限られた人たちに過ぎない.

芸術を自分が進むべき道と決めて志すだけで,尊敬すべきであるが,そのなかで,手法論の教育を受け,努力するが,鑑賞者を感動させられるのはほんの一握りなのである.

教育や努力の他に,持って生まれた,あるいは生後おそらくは比較的初期のうちに身についた何かが必要なのである.

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2010年10月13日 (水)

ジャズの街を考える

来る11月6(土)-7(日)はこちら宇都宮でミヤ・ジャズ・インがあります.私は7日11時からJR宇都宮駅の出番です.この日は,市内何カ所かにステージが設けられ,二日間,ジャズを中心としたステージが展開されます.

当日配布されるパンフレットに,宇都宮のジャズを語ると言う企画が掲載されるらしく,ADIジャズのO氏を座長に,宇都宮でトロンボーンを吹いているTo氏と市民ジャズオーケストラでギターを弾いているTa氏と共に意見交換する機会がありました.
内容は,ミヤジャズのパンフレットに掲載されるものと期待されますが,今日は,私の印象の一部を紹介します.

今回のミヤジャズは,1974年が第1回目で,当初はホールで開催されていました.40年に近い時間が経過し,経緯を知る人は少ないと思います.近年は,仙台定禅寺ジャズフェスを見本にして街中で催される様になった様です.

現在の事務局は商工会議所にあります.主催者側の継続性は無く,名前だけを継承しているのかもしれません.余談ですが,ポスターを見ると,その当時は"Miya Jazz in 1974"の名称だったものが,最近は"Miya Jazz Inn 2010"になっています.

一方,ミヤジャズにタイミングを合わせて夜に開催されるジャズクルージングは,ジャズ協会の主催です.ミヤジャズ出演者にはジャズクルージングのチケットが配布されるようですので,ある程度連携しているのでしょう.

先月のオリオンジャズも28回を数えますが,これはオリオン通り商店街主催です.またステーションジャズとサンセットジャズは,市役所の文化課,または文化課に事務局があるジャズの街委員会の主催と思われます.

という様に各種団体がそれぞれにイベントを持っているのです.それぞれの団体はそれぞれの思惑を持って開催しています.行政施策から,加盟店あるいは自分の店の集客まで,様々でしょう.

これが一枚岩になるのが力を発揮するのか,あるいは,組織はホモジニアスになると弱体化するのが常のようですので,多様な団体がそれぞれに活動するところに総合的な力が生まれるのかもしれません.

ところで,「ジャズの街」とはどの様な街でしょうか?ジャズの演奏がたくさん行われて,市民が日常的にジャズを聴きに出かける様な街でしょうか.今,宇都宮のジャズ関連団体が競うイベントを多数催すのもジャズを日常的なものにするという点で,一助になるかもしれません.

一方,ジャズは太陽の下で大勢の聴衆を前に遠くで演奏されるよりも,本質的には,夜,狭い室内で少数の聴衆と意志をやりとりしながら演奏される性格の音楽です.プロからアマチュアまで,幅広い力量のプレーヤーが演奏できる場が十分にあることが必要でしょう.そのためには演奏家と演奏を受け入れる聴衆が必要です.

巷の経済状況は決して好転していないと思いますが,居酒屋系の飲食店には一定水準の客数が入っている様に見えます.しかし,ジャズの店では客数の確保がいずこも課題のようです.

宇都宮のジャズの店は,週1回から4回のライブをやっています.客数がライブの有無に大きく左右されない性格付けの店は別として,看板にある程度の大きさでジャズをうたっている店で,ライブの日は一定数の客が入るものの他の日は少ないという状況にあるようです.かといってライブを増やすと,その傾向は一層明瞭になり,また,同時に,1回のライブへの客数も減少することになるものと思われます.

この様な現象は,そもそも,ジャズを聴こうという人の数が少ないのが根本的な問題です.ジャズを聴きに来る客はなぜ少ないのでしょうか?店または演奏に魅力がないのでしょうか.または,文化的に夜外出してジャズを聴くような習慣が無いのでしょうか.あるいは両方かもしれません.

これらは相互に関連している可能性もあります.両方の要因があって,それらが相互に影響しあってますます状況が悪くなると言うのが,真実ではないかと思います.更に,店側の問題としては,お店自身と演奏内容または演奏家の問題の二面の問題があります.

ジャズの店は,ジャズの演奏を,店を構成する要素の一つとして捉えるべきでしょう.これを大きく捉えすぎると,集客を演奏に強く依存することになります.またはお客さんのジャズを聴く習慣性に強く依存することになります.十分に魅力的な演奏家が多数用意できて,それを受け入れる聴衆がたくさんいれば,この条件は満たされますが,現在の宇都宮はこの領域には達していない様です.これまでに,この様にして失敗した例がいくつか思い当たります.

逆に,演奏の位置づけを小さく捉えることは,演奏がBGMになることを意味します.お店に十分な体力と,オーナーの揺るぎない考え方,演奏家の演奏への強い情熱があれば,継続できるでしょう.この様な店の大部分の客は,決して音楽を聴きに来るわけではないので,演奏家の動機付けが低下し,ライブのパフォーマンスが低下する要因にもなるでしょう.

この様に考えると,ジャズが無くても店に十分な魅力があり,ライブパフォーマンスにも一定水準の魅力があり,ジャズがお店の要素の一つになったときに,お店全体の魅力がより大きなものになると言うのが理想でしょうか.

その具体的な手段として,Ta氏から提案のあった街中の蔵を活用すると言うのもその一つでしょう.彼によれば,宇都宮には大谷石の蔵が多数残り,それらは線で結ばれる様な位置にあるそうです.蔵の持ち主はそれを有効に活用したいと思い,一方で,蔵の有効活用のアイディアを持つ人もいるので,それを調整する機能があれば両者がうまく繋がるのではないでしょうか,蔵の中の空間は,感覚的にも音響的にも魅力的で,その中にジャズを組み込むことによって,ジャズを構成要素の一つとする快適な空間が生じるのではないでしょうか.

今,宇都宮に,私が感じる理想に近い状態で営業する店は心あたりませんが,かつてY氏が経営していたGroovyはこれに近い位置にあったかもしれません.折しも,バブルのただ中,しばらく好調だった様ですが,長期間の継続はできませんでした.創業から50年を誇る泉町のお店は継続しているという点である程度うまくいっているのだと思いますが,私の記憶の片隅にある30年前の同店は,今よりも遙かに繁盛し輝いていました.時代の流れと価値観の変化を捉えてゆく必要もあるでしょうね.

真のジャズの街は,この様ないくつかのジャズの店を複数支えられる街なのです.

魅力的な店を作るためには,当然ながら店と演奏者の双方の努力が必要です.演奏家は,基本的な演奏力,表現力を向上することに併せてパフォーマンスの質の向上も必要でしょう.ジャズの演奏家が時々忘れがちなことかと思います.

宇都宮では,伝統的にライブのいわゆるアフター・アワーズにジャムセッションが行われていましたが,最近,ジャムセッションのためのジャムセッションが増えています.プレーヤーの裾野が広がっているのを反映しているのかもしれません.一方,お店側の視点に立てば,ジャムセッションには客が入るという理由が大きい様です.それもまた,ジャズの街の一断面かもしれません.

宇都宮は,餃子の街,カクテルの街,ジャズの街として,対外的にPRしています.宇都宮市役所の文化課内にはジャズの街委員会事務局があるようです.商工会議所内にもジャズ担当の方がいらっしゃるようです.ジャズの街のキャッチフレーズが打ち出されて何年になるでしょうか.街中に貞夫さんのシルエットをモチーフにした旗Indulz201008234521が飾られ,ジャズマップが作られました.ジャズの街というキャッチフレーズは,まち作りのための市民向けなのでしょうか?

外部の方に,宇都宮はジャズの街なの?と訊ねられて,自信を持って「はい」と答えたいのは,宇都宮でジャズにかかわる全ての人の願いでしょう.

「ソウルアイズ」好評発売中.

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2010年6月 5日 (土)

CD販売数の推移を見て考える

あちらこちらで,CDの売れない時代と聞きます.

T-TOCレコードの代表も,その様に話されていました.また,CDをレコード会社が売る時代ではないとのご意見もうかがいました.

スイングジャーナル休刊もそれに関係ないとは言えないでしょう.

とりあえずネットで収集したデータを紹介します.

Recordssales

これは日本レコード協会のHPに提供されている国内の各種音楽ソフトの販売枚数の数字をグラフにしたものです.合計の値は,シングルレコード(EP)やシングルCDを0.5枚として合計したものです.

1950年代後半にSPレコードからLPレコードに置き換わり,1980年代半ばにレコードからCDに置き換わりましたが,販売枚数は1960年以降,1998年まで一様に上昇しました.それ以後,CDの販売間数は減少を始め,ビデオが少し増えてはいるものの合計数は低下しています.

ネットで,この様なグラフを見つけました.

1973年以降のアメリカでの各種媒体販売金額のようです.

これによると,1973年以降,CD売り上げがピークの1999年まで,媒体が変わりながら増加し,更にCDの登場は,新たな市場も開拓してきたようです.しかし,1999年以後,CDの売り上げは減少に転じ,ネットでのダウンロードが増えてはいるものの,CDの減少を埋めるほどにはないと読み取れます.

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2000年以降,音楽ソフトの販売が減少している背景に,映像ソフトの普及があるのではないでしょうか.上のグラフのビデオの販売本数の増加にも示されています.これは,音楽を映像付きで楽しむようになったこともあるかもしれませんが,それよりも,映像を楽しむハードの普及が進み,人々が音楽だけを聴くということをしなくなったと言うことだと思います.私の友人も車では音楽を聴きますが家ではDVDと言います.車でDVDを見る不届きものもいるようです.

家で音楽を聴くという習慣は無くなってしまうのでしょうか.音楽は映像ソフトの一部になってしまうのでしょうか.昨夜,某バーに出かけましたが,カウンターで脇に座った以前からの知り合いの同世代の方が,我々の背中の方で歌っているライブの歌を聴きながら,見ない方が良いよねと,おっしゃっていました.全く同感です.音楽は聴くものです.

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2009年9月13日 (日)

書家に書いて頂いた色紙

先日,捜し物をしていると,荷物の中から,こんなものが出てきました.

平成10年と書いてあるようです.

達筆らしく?良く読めないのですが,これが何なのか,記憶は蘇ってきました.

Shikishi200909123950 かつて,「奥日光ジャズフェスティバル」なるものがしばらく継続されていました.真夏の奥日光で行われていたジャズのイベントです.地元の旅館業組合の主催で,1日目の夜は各ホテルに各バンドがはいりライブをやり,2日目の昼には特設会場の大きなステージに集まりライブをやるというものでした.その年によって,有名なジャズメンを呼んだりしたこともあったかと思います.

平成10年のイベントの1日目,私はホテル四季彩で演奏でした.四季彩は確か玄関を入ると2階で,広いロビーがあり,ステージはそこにありました.Shikishi200909123951ここは音が非常に良く響く会場で,何曲か演奏するうちに,階下からひゅーひゅー,,と良く響く口笛の声援が盛んに聞こえてきます.

1回目の演奏が終わったところで,口笛の主と思われる初老の男性に声をかけられ,

「自分は書家で,あなたの演奏がとても気に入ったので,色紙に何か書きます.」と言った趣旨で,これを頂戴した次第です.

残念ながら,一部(ほとんど)読めずに,全体の(ぜんぜん)意味が分かりません.

根本先生,これにお気づきでしたら,易しく教えてください.面目ない次第です.

この色紙が発掘され,奥日光ジャズフェスティバルの事も思い出しました.これにもいくつかの思い出があります.

初年目は,主催者も頑張ったらしく,いろいろな企画があり,その中に,遊覧船の中で演奏すると言うものがありました.中禅寺湖を航行する遊覧船のデッキで風に吹かれながら演奏した記憶があります.残念ながらお客さんはかなり少なかった様な気がします.

また,大雨で,せっかくの特設ステージが使えず,博物館の玄関先の軒下でやったこともありました.

さらに,特設ステージが中禅寺湖の湖面に設置されたこともあり,ゆーらゆーらと揺れながら演奏したこともありました.

1日目の演奏の後はたいてい皆んな集まって宴会となり,宇都宮ジャズメンの合宿のような様相を呈しておりました.

今は平成の大合併で日光市もかつての今市市,藤原町,栗山村と一緒になり,面積はとても大きな市になりました.当時,ジャズフェスティバルを主催していた奥日光の皆さんは,この合併案に反対されていた気がします.確かに,今,日光市と言ってもいったい何処を指しているのか分かりませんね.私はしばらく,おそらく死ぬまでは,旧市町村名を使うことでしょう.日光と藤原(鬼怒川)が一緒になっていったいどんな意味があるんでしょうねえ.地形的にも文化的にも離れていると思うのですが,,,.

奥日光ジャズフェスティバルの事は,機会があったらヨーク思い出して書いてみましょう.これが復活すると良いですねえ.

景気が悪くなると,直接的な経済効果が間近に期待されるもの以外は切り捨てられていきますねえ.

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2009年4月 7日 (火)

Jazzの街について考えてみる

私がおつきあいしているNiftyのHPで「ジャズの街」で検索をしてみました.多分,これはGoogleの検索エンジンだと思います.

100件までの記事から街の名前を拾い,3件以上登場したのは次のとおりです.

  1. 宇都宮 20件
  2. 神戸     15
  3. 札幌      7
  4. 吉祥寺   7
  5. 横浜      6
  6. 岡崎      5
  7. 大阪      3

また,この作業の過程で,こんな記事を見つけました.

「宇都宮ジャズのまちづくりからみるジャズの可能性,真下慶太,2004」

これは,東京工業大学の学生の卒業(学士)論文と思われます.ジャズを街おこしに活用しようとしている宇都宮での調査結果を通してジャズの可能性を探ろうとしたものです.詳細は,直接リンク先の記事をお読み頂くこととして,その要旨は次の通りです.

  1. 宇都宮ジャズのまちづくり運営者の意識では、ジャズのまちづくりは街の活性化とジャズの活性化の両方が目的とされており、街角ライブは双方に有効な手段として考えられている。
  2. ジャズのまちづくり運営者と街角ライブ観覧者のジャズに対する意識には、「楽しい」「難しい」といったような相反する二面性が持たれている。
  3. 街角ライブによって市民のジャズへの興味は促されるが、ジャズ喫茶等への来店者数には変化はない。

ジャズは本来,バーやジャズクラブ,ライブハウスで演奏され,そこで聴衆が聴き,プレーヤーが育つものです.従って,本当にジャズが盛んになるには,それらお店とプレーヤの充実,更に聴衆の増加が必要です.日中の屋外での単発イベントで,市民がジャズを耳にする機会は増えても,夜のジャズのお店の客数に,すぐにはつながらないようです.

レストランでの食事,バーでの飲酒,カップルでの外出,生演奏を楽しむ,など,夜の時間の過ごし方が変化し,文化として定着するには,かなりの時間を要することでしょう.Jazzcoctail200904013145

昨夜の演奏中のソロの合間にこんなポスターを見つけました.

Jazz & Cocktail

「宇都宮に行ってカクテルを飲みながらジャズを聴いて,スローな夜を過ごしましょう」という趣旨の様です.

これは,デザインを含めてなかなか良いですね.

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2009年1月12日 (月)

マニアジャズニュース

都宮のジャズファンの方に説明いたします.表題のマニアとは,現在休業中の宇都宮のジャズのお店「マニア」の事です.本当は「ジャズサロン マニア」と言うのかもしれません.

「マニアジャズニュース」は,こちらのマスターが,宇都宮のジャズについて語ったもので,読み物として非常におもしろく,歴史的価値も非常に高いものです.Mjnsample_2

「マニア」ファンの国谷さんがご自分のHPに掲載されているので,ここにリンクを設定します

マニア末期には,私も頻繁に出演させて頂きました.

事情で,現在休業中で,未だ再開には至っていませんが,マニアのマスターのような方が宇都宮におられると思うと心強く感じます.

国谷さんのブログもおおよそ一年前から更新されていないのが気になりますねえ.国谷さんも一時期健康を損ねておられたようですので.

マニアジャズニュースはこんな感じです.写真には,マニアのマスターが渡辺貞夫さんと一緒に写ってますね.

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2008年6月 3日 (火)

William Claxton

曜日の夕方,ツタヤの棚で,こんなDVDを見つけました.

Willam Claxton / JAZZ SEEN / カメラが聴いたジャズ

Jazzseen51qgma6v97l_ss500_彼は,数々のジャズレコードのジャケットやその他の有名なジャズミュージシャンの写真を撮ったカメラマンで,たとえば,Art PepperのMeets the rithm sectionやChet Baker がピアニストのRuss Freemanと一緒に写っている Chet Baker sings, あるいは,Sonny Rollinsが南西部のサボテンの中でカウボーイの格好をしているWay Out West 等,1950年代の西海岸のおなじみのジャケットが目白押しです.

1950年代の,いわゆるWestcoast Jazzのイメージを,レコードジャケットで表現しようとしたカメラマンで,パシフィックジャズレーベルのレコードジャケットを手がけたようです.

映画の冒頭から,Chet Baker+ Gerry Mulliganの演奏で,私は,この辺りから,とても気持ちよく,映画に釘付けになります.Claxtonのコメントによれば,Chete Bakerは歯が1本抜けていて,ヘアスタイルもおかしかったのですが,写真にすると,すばらしく,演奏しながら照明を気にかけるなど,写真に撮られる術も心得ていたようです.

確か彼は,Art Papperとは異なり,ビッグバンドの経験は無かったと記憶していますが,Claxtonによれば,コードの事も理解しておらず,「最初の音は何?」と訊いて,その後は,全て耳を頼りに演奏したそうです.

「おお,,楽譜も苦手でコードのこともよく分からないと言うことは,私と同じだなあ,,」でも,耳という一番大切なものが大いに違うんですね,,

映画には1950年頃から,多数のミュージシャンを始め,彼に関わった人々が登場し,思い出話と,Claxtonによる当時の写真と,音楽で構成されます.後半には,今をときめく,カサンドラウイルソンやダイアナクラールも登場します.

Meetstherithmsection Art PepperのMeets the rithm sectionは彼が楽器を抱えて林の中に立っていますが,あれは刑務所から出所した翌日,レコーディングの前日で,すでに薬の売人と連絡を取っていて落ち着かなかったので,坂道を登らせてから撮ったそうです.坂道を登っている姿も残されています.

DVDでは,ClaxtonがCharly Parkerを自宅に招待した時の写真も紹介されていますが,DVDの中で本人も喋っているように,本当にうれしそうに健康的な笑顔で写っているのがとても印象的で,後にも先にも,そんな写真はこれ1枚だけの様です.

いずれも,Claxtonが撮る人物は,瞳の奥に,人間そのものが写し出されています.Artpeppercriminghill

このDVDはSwing Journalゴールドディスクにも選定されているので,ご存じの方も多いと思いますが,ツタヤの棚で偶然に見つけて内容もわからぬままレンタルしてきた私には,すてきな掘り出し物でした.

これは,以前からHPに掲載していますが,当時(おそらく)ダウンビート誌に掲載された写真で,Meets the rithm sectionのジャケット写真の撮影に向かうMr. Art Pepperです.これもCkaxtonが写したもので,登っているのは,Los Angelsのファーゴストリートだそうです

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